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最後の資本主義?

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先週金曜日は日本株も大幅に反発しましたね。当ポートフォリオはインデックスを大きく下回る+0.9%(前日比)で週末を迎えました(泣)日米首脳会談も好スタートだったようですので、東京も週明けはポジティブな反応をするのではないでしょうか。

さて、本日のヴェリタスですが書評欄は『最後の資本主義』でした。コラムを読むに、ここ数年感じていたことがそのままズバリ書かれている気がして、これはぜひ読まねばと思いました。

 

「ここ数年感じていたこと」をちょっと文章にしておきます。

 

リーマンショック以来、先進国の中央銀行は大規模な金融緩和政策に舵を切りました。金融緩和、わかりにくい表現ですが、要するにカネをたくさん刷ろうということです。日銀もカネを大量に刷っていて、いま日本はおそらく歴史上一番カネが多い。

カネがたくさんあるのであれば、みんな使えるカネが増えるわけなので、たくさんモノを買う、はずです。カネがたくさんあるので借金もしやすくなり、金利も下がるから、借金しないと買えないような高額なもの、例えば住宅とかクルマとかも買いやすくなります。だから、「貨幣流通量を増やせば物価が上がる」と伝統的な経済学は考えていました。

ところが、このカネがうまくみんなの財布に落ちていかない。企業は先行きが不安なので従業員への還元にカネを使いません。従業員、つまり大多数の我々は、手取りは増えないし、老後は不安だし、そもそも必要なモノをもう持ってるし…ということでカネを使わない。ということで、日銀がカネを刷っても、そのカネはどこか上空でぐるぐるしているだけで、天下を回っていかないのです。

「日銀がカネを刷る」といっても、これは1万円札を刷ってバラマクわけではありません。バラマキであればみんなのお財布に直接入りますからね。そうではなく、「カネを刷る」とは、国債を買ったり株式を買ったり証券化された不動産を買ったり、あくまで間接的にマーケットにカネを流し込むということなのです。

ですが、前述のとおり、マーケットに流れたカネは、みんなの財布つまり実需に流れていかず、おおくのカネが上空でぐるぐるしているだけです。だから、世の中の大多数の人は金融緩和をしてもその恩恵なんてまったく感じません。

もちろん、金融緩和による効果をむちゃくちゃ受けている人もいます。それはマーケットに関係している人です。それは投資家たちであり、投資家相手に商売をしている不動産屋さんたちです。こう考えると金融緩和によって富裕層に富が偏るのは至極最もですが、マーケットに入ってさえいれば恩恵を受けることができます。

簡単に言えば投資をしないと損です。

さて、問題はなぜこんなことになってしまったのか?ということです。私はこれが「最後の資本主義」なのかなぁって思っています。だってカネを刷っても誰もモノを買わないんですよ。供給はたくさんあるんですけど需要がないんです。

私は、この最大の要因は「人類は十分豊かになって満足してしまった」ということなのではないか、と思います。だって、いまの世の中で衣食住だけ簡素に、最低限の暮らしでいいやと思えば、ホント低コストに生きれます。

経済の主力がサービスになって、特に都市圏では人々の欲望を満たす超高度でニッチなサービスが誕生しています。逆に言うと、そこまでしないと、もう私たちに強力な欲求は無いのかもしれない。

そう考えると、この終わらないデフレは誰のせいでもなくて、人類が技術革新を続けて生産性が高まり続けた結果なのでは、と思います。

普通に生活しているとまったく気がつかないんですけど、実は私たちはいま人類が経験したことのない資本主義の最先端にいるのかもな。ここ最近、よくそう思います。